東アジア価値観国際比較調査

― 「信頼感」の統計科学的解析 ―

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はしがき

 本研究の主要な目的は、我々の標榜する「データの科学」という統計哲学の下で、日本を含む東アジア諸国の人々の意識構造を比較することである。この研究は歴史的には、統計数理研究所における1953年以来の「日本人の国民性」調査及び1971年以来の「意識の国際比較」調査の延長上にある。「日本人の国民性」は戦後民主主義の基盤としての官民の世論調査発展と緊密に結びつき、「意識の国際比較」は連鎖的方法論(Cultural Linkage Analysis, CLA)の確立につながった。そして、さらにこれは最近の我々の国際比較調査研究とともに、計量的文明論「文化多様体解析(CULMAN)」の確立を目指す研究の一環に位置づけられる。

 今回は、日本学術振興会・科学研究費補助金研究(基盤研究(A)No.14252013、代表 吉野諒三)として、東アジアの諸国の人々の価値観、特に「信頼感」に焦点を当て、調査研究を展開した。その背景と意義は、以下の通りである。

 この20年ほどの間は、冷戦が終了し、世界情勢のダイナミックな変動があり、政治、経済、社会の伝統的枠組が大きく変わり、社会生活の基盤であった人々の信頼のあり方も大きな影響を受けている。伝統的な産業社会から高度情報化社会への遷移期にもあり、従来の家庭、学校、職場での人間関係のあり方も崩壊しつつあり、新たな時代の流れが十分に確立するまで、ある程度は混乱した社会が続くのであろう。
一方、政治経済の視点からは、欧州共同体や南北アメリカ圏のみならず、東アジア圏の再編成が唱えられている。東南アジアを含む東アジア圏は、欧州とは異なり、多様な文化、歴史を背景に持つ国々や地域の集合であり、政治にせよ経済にせよ、それらの統合は必ずしも容易ではないであろうが、現実にはまず経済活動を中心にASEAN等の協力関係が推進されつつある。
かつてMax Weberは「プロテスタンティズムと資本主義の精神」との関係を論じた中で、儒教の影響がある中国などのアジアの国々に対しては資本主義の順調な発達に否定的な見解をのべていた。しかし、日本は明治維新以降、そして戦後に目覚しい発展を見せてきた。その例外を説明するために、日本は儒学の影響はあったが、儒教が生活に入り込むことはなかったなどの議論がなされたこともあった。しかし、さらにその後のNICS,NIESなど台湾、韓国、東南アジアの国々の発展、そしてこの10年ほどの中国の目覚しい発展は、特定の宗教や倫理と経済発展との関係を簡単に論じることは賢明ではないことを証明している。そして、特に中国の過去数十年の急激な社会変化は、「社会体制と国民性(国民の意識構造)との相互関係」という社会学の主要テーマに対して、大きな示唆を与えるであろう。

 我々はこういった世界の流れを適格に把握し、将来を見通すための実証的基礎情報を収集すべく、各国、各機関が様々な社会調査、国際比較調査を遂行している。例えば、Inglehart らによる世界価値観調査(World Value Survey)は世界の20〜30数カ国で共通質問項目を用いた国際比較調査データや時系列比較可能なデータを提供し、学術研究にも行政施策にも資するところが大きい。しかしながら、例えば、最近の中国調査の実情を詳細に調べてみると疑義が隠せない。国際比較調査では質問項目を各国の言語に適切に翻訳することが重要な手続きであるが、各国内の事情の差異を見過ごしたための誤訳が見受けられる。また統計的標本抽出調査の手続きの計画が、調査の現場でどこまで尊守されているのか、報告された回収率などを考えると疑義を持つ調査研究者は少なくない。
以上のような背景があり、我々は、アジアの調査はやはりアジアの人々により慎重に推進されるべきであるという認識に至った。我々は各国でどの程度統計学的に適正な標本抽出調査が遂行でき、また国際比較可能性が保てるかという課題を自ら実証的に検討することを主眼にし、それを把握した上で東アジア諸国の人々の価値観や意識を比較分析する課題に取り組もうとしているものである。

 本総合報告書では、2002年(平成14年)度の日本調査、中国(北京・上海・香港)調査、2003年度の台湾及び韓国調査、そして2004年度のシンガポール調査の概要と、学術誌に発表されたデータ分析論文の主要なものをまとめてある。調査質問票は、これまでの国際比較調査で用いられた項目やそれらを一部修正した項目、特に東アジア調査の「信頼感」調査のために作成した新項目などで構成されている(6c.項目の履歴を参照)。詳細なデータ解析は、一般に避けられない各国・各地域の言語の差異、調査方法の差異などを考慮し、単純に回答分布の皮相な数学の大小比較ではなく、さらに今後収集されていく他の関連諸国・地域の調査データとともに、慎重に時間をかけて安定したパターン構造を浮かび上がらせるような分析がなされて行くべきである。

参考文献

研究概要

研究テーマ東アジア価値観国際比較調査
(文部科学省 科学研究費補助金・基盤研究A(2) No.14252013(代表 吉野諒三 平成14年度から17年度))
対象日本・北京・上海・香港・台湾・韓国・シンガポール
調査項目各地域の人々の一般的意識構造、特に対人関係、集団内や集団間、社会制度やリーダーに関する「信頼感」を主とした項目
研究主体統計数理研究所

研究目的

1)本調査研究では、以下のa)、 b)、 c)に重点をおいて、研究を遂行する。

a) 文化の伝播変容を統計科学的に解明するために、東アジア諸国の人々の意識構造について統計科学的 「標本抽出法」に則った面接調査を遂行する。
b) 特に、21世紀における国際交流のなかで、東アジア諸国民の「信頼感」のあり方について焦点を当て、世界の政治・経済の平和的発展の一助となる基礎情報を与える分析を推進させる。
c) 収集した「東アジア諸国民の意識調査」の情報を中心に、既存の「意識の国際比較調査データ」等とともにデータ・ベースを作成し、コンピューター・ネットワーク等を利用して世界へ一般公開する。

2)研究の背景(特色、予想される結果と意義)

 統計数理研究所では、1953年以来、「日本人の国民性」に関する意識調査を継続してきた。これは、戦後導入された標本抽出理論の実践的応用の確立を目指すものであり、また戦後の民主主義の発展を目的とした官民の調査機関による世論調査発展の基盤の一つとなった。これに関連して多くの実験調査や様々な統計分析法の研究が生まれ、統計学における実証的データ解析の発展にも刺激を与えてきた。これは日本の独創であり、世界的にも海外の研究者達(Inglehartら)が「世界価値観調査」など様々な調査を遂行するようになる契機を与えたのであった。
 この研究は、国民性をより深い観点から考察する目的で、1971年頃より海外の日系人調査を初めとして、「意識の国際比較調査」へと拡張されてきた。調査された国・地域のいくつかは言語や文化を共有しているために全体として比較研究の興味深い対象となり、「連鎖的比較の調査研究 (Cultural Link Analysis)」と呼ばれる方法論が発展し、蓄積されてきたデータは世界的にも貴重な資料として認められている。
 21世紀初頭の今日、世界秩序の再構成が進み、より大きな単位によって構成された国際社会が生まれつつある。この国際的潮流は、広義の民主主義の拡大として特徴づけられるであろうが、その成功には国家間、民族間の円滑な相互理解が重要である。しかし、現実には異なる文明圏の間での紛争が絶えず、今日の世界的武力緊張に至っている。各々の民族は長い歴史の中でそれぞれに必要な生活習慣、倫理、宗教、人間関係等、民族固有の文化を発展させてきた。この意味での文化が各国固有の政治・経済の基盤にある。各国の文化や国民性を各国が相互に深く理解することが、世界の平和的な政治・経済の発展を促進させる鍵となっている。  一方で、各国内部でも伝統的な社会システムが崩壊しつつあり、職場、家庭、教育現場における人間関係にも大きな変化が見られ、学級崩壊、家庭の崩壊、政治不信など、「信の崩壊」の時代となっている。しかし、これは産業革命初期と同様に過渡期の混乱であり、新たな社会の確立とともに新たな時代の信頼感が確立されるのであろう。そのための基礎情報として、現在の国内外の状況を適確に把握する必要がある。
 日本は高齢化社会の中で労働人口が減少し、種々の社会問題を抱え、今日の世界経済での地位を保ち続けるのは困難となると予想されている。このために特に近隣諸国から外国人労働者の積極的受け入れ等を始めとして、国際交流がますます必然となろうが、これに伴い、日常生活の中でも異文化間摩擦が様々な形で現われて来るに違いない。この状況を生産的な形へ方向転換するために、異文化間理解、文化変容の研究がますます重要となってくる。この意味で、本研究で統計科学的に適正に収集された調査データが広く世界の人々に活用され、国内外での異文化間摩擦を回避し、世界の秩序の維持と発展の一助とすることの意義が了解されるであろう。また、調査データの一般公開により、世界の人文社会科学の研究者、統計学者の多様な実証的研究をも促進させることが期待されよう。

Web公開に伴う注意点

 Web公開上の技術的問題から、表示形式等に、本来のものと異なる箇所が存在する。正式なものは、統計数理研究所研究「リポートNO.91」(日本調査)、「2002年度中国[北京・上海・香港]調査報告書」、「2003年韓国調査報告書」、「2003年台湾調査報告書」、「2004年シンガポール調査報告書」に掲載されている。データを利用する際は、これらを必ずご参照していただきたい。

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2006/2/15 試験版